タイトル:対比の中のグレイで愛おしい存在
執筆者:檸檬 🎙️朗読はこちら(朗読:minori)
4カ月前・実家
東と南に向いた窓があるのが、わたしのスペース。
物置だった年月を示すように、むせ返るような古くて粉っぽい匂いが鼻にくる。
破れたカーテンが覆いかけられた棚に、お気に入りだった分厚い洋書を見つけた。土埃で軋む雨戸を開け、差し込む西日に舞う光る埃の粒を見ながら、コルクの床にペタンと座る。
日に焼けてパリパリになった洋書の表紙を開く。
さまざまな色と形の組み合わせ、絡み合う光と日差しが織りなす空間は、幼かったわたしをうっとりさせた。
鮮やかな黄色のブラインドに、シルバーの浴槽。ネフロレピスの柔らかな緑。ざらついたタイルの壁には、カジキマグロが飛び跳ねている。スケルトンの扉。
この洋書のインテリアをなぞらえた父の自慢のバスルーム。
30年以上の月日が経ち、いつしか手すりがつき、介護用オムツなどの日用品で溢れかえっている。
10年前・結婚していた頃の家
子どもが生まれてからも仕事中心だったわたしは「ピシッと張りのある白いシーツに、無彩色でまとめられた無機質なホテルの1室に住むこと」に憧れていた。
人生はこなすもの。わたしは仕事と子育てに仕える。そういう心持ちでいた。
「効率的に」「容赦なく捨てる」「即断即決」日々の暮らしに、"自分らしさ"は必要?と疑問を持っていたし、自分のスペースと時間を持つことも、この世の悪のような気がしていた。
8カ月前・実家
カピカピに乾いた涙が、洗っていない顔に張りついて、私の頬はつっぱっている。
チョコレートの詰め合わせを贈った母の日には、カラフルな絵文字が返ってきていた。
白い顔、白い手、きっと人生で初めて、母は、こんないっぱいの生花に囲まれただろう。
見送りから40分後、同じところから出てきたのは、カサついていて、すぐに崩れる脆くて軽い白い塊。説明を聞きながら長い箸で拾う。
息子はうな垂れ、手にもどこにも力が入らないことが学生服の背中が物語っている。マスクの色が濃くなっていた。
母がこの世を去ったのだ。
いつも「断捨離しないとね」と言われていた、たくさんの主張する色合いのものたち。それをかき集めた何かの存在が、忘れ物ボックスで持ち主を待っているみたいにシンとしている。
日々
ラップトップをパタンと閉じ、今日の仕事を終える。もう外は薄暗い。にじんだ水彩絵の具を背景に山肌がくっきりと浮かび上がっている。
「おなか、減った。おなか、減った。ごはんまだ?」
隣の部屋から、白くて小さな冷蔵庫を息子が開け閉めする音が聞こえる。料理が得意でない私は、ていねいな暮らしとはほど遠い、お肉と野菜がてんこ盛りの一皿をつくる。
「ショウガが効いてる」だとかささいな話をしながら、こたつで食事をする。
「おや~」「すみ!」
二文字ずつの挨拶のあと、わたしと息子は、一人ひとりのスペースに移動して眠りにつく。
朝、ひんやりしたカーテンを開ければ、物干し竿には、取り込み忘れたセーターがなびいているけれど、今日は始まる。
黄色くかん高いピーッというケトルの音が鳴りやみ、カチャカチャと音がする。ドスンドスンのあとに、ゴソゴソと襖を開ける音。
インスタントの粒が溶けきれずに残る3倍は濃いコーヒーを、息子がはにかみ笑いながら運んできてくれた日は大当たりだ。
ざらざらした粒が舌と口に纏わりつき、今朝という時を気づかせてくれる。
生
色んな音と色に溢れ、匂いも漂っている。
予想しないものも含めて、日々、割り切れない余り残るものも、汗や垢や埃も落としていく。
有機的なそれも、わたしたちの一部だ。
居間のまん丸お目目の白いフクロウの置物がこちらを見ている。
ボコボコの姿を、私は微笑み、そっと撫でた。
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最後までお読み頂きありがとうございました。このエッセイは、Mother's Dayキャンペーン2024のために、シングルマザー檸檬さんが執筆しました。NPO法人シングルマザーズシスターフッドは、シングルマザーの心とからだの健康とエンパワメントを支援する団体です。ご寄付は、「シングルマザーのセルフケア講座」の運営費として大切に使わせていただきます。ご寄付はこちらの寄付ページで受け付けております。
何度か読み返すうち、謎解きみたいに、いろんな風景が浮かび上がってきました。
>有機的なそれも、わたしたちの一部だ。
このフレーズが好きです。