タイトル:退屈さという贈り物
執筆者:サチコ
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公営住宅、壁一面の本棚に作り付けの、小さめの机。
私はパソコンに向かっている。隣の部屋で、娘はお気に入りの図鑑の中のワードを、ひたすらA4のコピー紙に書き写している。圧倒的な文字量はまるで写経だ。ときどき壁の向こうから、「ハッハッハ!」という笑い声が聞こえてくる。
娘が生まれてすぐ、感銘を受けた本があった。
せわしない都会の朝夜、何者かになるための詰め込み教育、多すぎる刺激や変化は子どもたちの繊細な感受性を攻撃し、本来の落ち着きを失わせる。言葉と空間、なにより時間にゆったりと空白をもたせ、規則正しく暮らす大切さを説く一冊。
シュタイナー教育を現代に再解釈したその本を片手に、生まれたばかりの娘と目線をあわせてみる。肌掛けにさす窓からの光がゆらゆらゆれることすら、驚異に見えた。その通り、と思った。
数年後に夫と別居し、突如、スペースができた。空間にも時間にも。家財道具やおもちゃは半分以上置いてきたし、何より、夫の顔色次第で自分の予定を調整する必要がなくなった。
生活の細々したことを多忙な夫に許可してもらうための、長時間に及ぶ家族会議がなくなった。休みごとに訪ねる夫の親族とも離れた。
ぽっかりと、時間ができた。
別居費用に調停に、物入りになるから、そうそう遠出もできない。誰に恥じるわけではなくても、隠れていたかった。
同時に、今後、娘と私が外で遊んだり、習いごとや体験学習に出かけたくなったら、2人の意思で始められる、そういう自由もできた。
ぽっかり空いた時間の中で、忘れていたあのときの本『ミニマル子育て―少ないは多いにまさる 子どもと親が育ち合う』を引っ張り出してきた。
土曜午前はのんびりする、と決めた。
遅くまで寝ていてもいい、時間をかけて朝食を作って、パジャマのままでのんびりと過ごす。お昼ご飯はおにぎりとお味噌汁。あるもので作って、誰にも文句を言われることもない。離婚を考え始めてから、夜通し眠れる日も少なかった。この日だけは好きなだけ寝坊しよう、と決めた。
家での時間が好きになった。
「子どもたちに、退屈さを味わわせましょう。〈ただそこにいる〉ことを経験させましょう。」
キム・ジョン・ペイン、リサM.ロス、小山美奈訳、前掲書、風濤社、2016年、p.347 「退屈さの贈り物」より。
現在小学生の娘は、幼い頃の私が見たら絶句するほど、親である私に言いたい放題である。やれもっと一緒に遊べ、このごはんは口に合わない、うんぬんかんぬん。時々堪忍袋の緒が切れて怒ることもあるけれど、しばらくたつと落ち着く。
小さい頃私ができなかったこと、結婚している時はできなかったことを、今この子がやっている。好きなだけ暇を持て余し、家族に甘えて自由に文句を言える生活。それを作りたかったのも私なのだ。
冒頭の画像は、数年前に娘が描いた「しょくぎょうテスト」。笑ってしまった。たしかに私はなにかしらの「しゃいん」(会社員)。でも、いつかは自分の思う何者かになりたくて、無我夢中で仕事をしたり、何かしらを書いたりしている。
それは時々面会で会う「ちち」も同じで、彼なりに、もがきながら努力していることは私も知っている。でもふたりとも、娘の目から見ると、「のんびりさん」らしい。
この原稿を書いていたら、隣の部屋から娘が小机を持ってやってきて、また、暗号のようなものを描き始めた。何が面白いのか私にはさっぱりわからない。けど、なんか楽しそう。今日のところはそれでいい。
「パティシエ」でも「はかせ」でも、なんでも、自分のありたいなにかを描けること、それがいい。のんびりさんで過ごして、幸せな時間を体中に吸い込んだら、きっとどんな場所にいっても、なりたい自分になれるはずだから。
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最後までお読み頂きありがとうございました。このエッセイは、Mother's Dayキャンペーン2024のために、シングルマザーサチコさんが執筆しました。NPO法人シングルマザーズシスターフッドは、シングルマザーの心とからだの健康とエンパワメントを支援する団体です。ご寄付は、「シングルマザーのセルフケア講座」の運営費として大切に使わせていただきます。ご寄付はこちらの寄付ページで受け付けております。
人間を作ってお友達にする、豊かな発想ですね。豊かさも、自分のなりたい自分の姿も、まだ知らないたくさんのことへの期待も、日常の空白の中で育っていくのでしょうね。
活動への賛同として微力ながら寄付いたしました、これからもたくさんの空白が守られる日々でありますように。
>家族に甘えて自由に文句を言える生活。
子どもが甘えることができる環境が大切ですね。
子どもが家でくつろいでいるのみるのが、自分の幸せでした。
家でぐだぐだしていたり、居間で寝そべって好きなことをしている姿をみるたびに、
「よしよし」と思ったものでしたw
そういう環境を子どもたちに作るために、自分は生きているんだと思っています。 共に生きていきましょう!